膀胱癌が見つかった。(その7、とうとう手術の日がやってきた)

とうとう手術の日がやってきた。

朝が来た。眠剤のおかげで少し眠る事は出来た。

ここは街中の病棟ビルなのに、山奥でさえずるような綺麗な鳥の鳴き声がする。どうやら館内スタッフへの合図のようらしい。その音量が絶妙で、煩く無く且つ心地いい良い響きだ。これには関心した。

今日は朝から明日の朝まで飯は出ない。昼頃から点滴がはじまり水も飲めないらしい。手術は3時頃からだ。それまで、兎に角やる事がない。暇だ。

外をみると何の鳥か分からないが小鳥が一匹とまってた。そういえば小学生の頃、面白くない授業に愛想をつかし外を眺めていると、丁度目の前の電線に鳥がとまった。暇なので、その時代スプーン曲げ等の超能力が流行っていたのを真似して「テレパシーを飛ばして鳥に通じるか」とかいう暇つぶしをした事を思い出した。その時は、向こうを向いていた鳥は不思議な事にクルリと180度私の方に向かって回り暫く目が合っていたが、やがて私の方に向かって飛んだと思ったらそのままどこかへ飛んで行ってしまった。そんな事を思い出し、暇なので同じように念じてみた。するとその鳥は何かを感じたのか、今度はさっと飛び去って行った。

これはひょっとしてテレパシー、・・・な訳がない(笑)

やはり暇だ。飲み食いできず眠気もないので、パソコンでひと仕事をしながら暫く時間を潰す。ネットを観ようとすると、また自分の症状の事を見て落ち込んでしまうので、今回はネット検索はしないと自ら縛りを課す。

久しぶりの点滴

そうこうしていると看護師がきた。時間通り点滴を打つらしい。点滴するのは暫らくぶりだ。点滴すると、結構自由が制限されるので、暫く使えなくなるパソコンやらを先に仕舞っておく。

左腕にテープをべたべたにはり、点滴が始まった。いつものやつだ。

今回はやけに痛い。以前は全然痛くなかったような記憶だったのだが気のせいかと思いつつ、暫くすれば慣れるだろうと我慢する。トイレに行くにも点滴の架台をもちながら。今更ながら不便だ。

手術当日は誰かしら付き添いが居てほしい所だが、今回はコロナの為それは出来ない。思い返せば、最初の手術の時も誰もいなかったか。見舞いぐらいだった。その時はネットも携帯も何もなかった時代から寂しいもんだった。

いよいよ手術

午後3時頃。看護師がきた。いよいよか。

きついハイソックスを履かされる。ドキドキしてきた。手術に行く前に家内にLINEを打っておく。始まったら翌朝まで連絡できないからと。最後に「それじゃ行ってくる」と送信。

スマホと貴重品を金庫に入れる。なんだか寂しい。もう一人看護師がきて「行きましょう」と言われる。さながら処刑台に連れていかれる感じだ。

一般用とは違う業務用エレベータに向かう。ナースステーションの裏側になるが、結構スタッフがいる。人が足らなかったんじゃないのか。年齢層は若く、キャピキャピ(死語)している。なんだかな。

ベットがそのまま入る位の大きなエレベータで手術階のフロアに移動。エレベータから下りると正面に冷血な感じのステンレスの大きな自動ドアが待ち構えていた。以前はここで親父を見送ったが、今度は自分が入る。

あぁ、ここか。ここから先は未知の世界だ。

大きなドアが重々しく開くと、初めて見る光景が目に入る。が、ぴりりとした雰囲気かとおもったら、まだ看護師らしきスタッフが居てキャピキャピとしている。目の前が手術室かとおもいきや、そこはまた別の術用だったらしい。見たことない年配の先生から「頑張りましょう」と声を掛けられる。入るとすぐに車いすに乗せられ、少し離れた手術室までゴロゴロと運ばれる。一つ角を曲がり、複数あるその先の部屋の一つに入った。どうやらここが私の手術室のようだ。

そこには担当医師が既にスタンバっていた。シャレオツな髪形は手術帽で隠され、更にマスクをしているので一見誰か分からなかった。その担当医から「頑張りましょう」といわれ声でやっと分かった。

宜しく頼みます。

脊髄麻酔の恐怖と症状

一番怖いのは脊髄麻酔だ。間違って脊髄とか傷付けないだろうかとずっと不安が過る。入院は今回で3回目(別の病院)だが下半身麻酔は初めてだ。

先ずは処置用ベットに上半身裸になってあおむけで寝る。横向きになって丸くなれと言われる。いよいよ麻酔注射だ。私の体の真上で麻酔薬を担当医師に渡すのが見えた。なみなみと液体が入ったガラス瓶容器と銀色のキャップがギラっと光る。ますます不安になる。その担当医師は少し手間取っていて、他の先生方から意見を聞きながらやってる。どうやら私は教材になっているようだ。そんな話聞いてないぜ。大丈夫か?

背中を消毒され、注射する位置のテンプレートなのか、ビニールを背中に大きくはられる。担当医が背骨を指で何度も確認し、暫くすると「ぷち」と針の刺される感覚がある。その麻酔はなしなのか?「では行きます」というと鈍い痛みが走る。

「足が暖かくなったら・・・」のような事を言っているのだが誰に言っているのか、語尾が聞き取れ無かったので、何なのか分からなかったが足が暖かくなってきた。「熱くないですか」と言われたのでそこで答えると注射は終わった。すると足がしびれてきた。

あおむけに戻される。上半身にはタオルのようなものがひらっと一枚かけられる。冷たいスプーンの玉側のような感覚の物を腹に当てられ冷たいか聞かれる。うん、冷たい。麻酔の効き目を確認しているのだ。次は足につけたらしいのだが、触っている感覚はあるものの温感は全くない。足の付け根あたりでやるとちょっと冷たい感じはする。もう一度同じ事をやる。足の方は全くなにも感じなくなっている。足を動かそうとしても既に何も反応がない。恐怖を覚える。

麻酔が効いた事を確認できたのか、ズボンとパンツをささっと脱がされ、本手術台に移動させられる。首だけ力入れてくれと言われ、手術台に移動。ここでほぼ裸になっている。術着はいつ着るんだ?

分娩台のような手術台に足を持たれ開脚させられるのだが、足の皮膚には強いしびれ感があり、さわられるとかなり痛い。正座を解いた時の痺れを思い切り触られたような感覚。

いででで!

麻酔とはいっても皮膚の感覚は有るんだな。その外は何も感じないという不思議な感覚に襲われる。これが下半身麻酔か。

吐き気

私から下半身が見えないように布パーテーションで隠される。色々準備をしているようだったが、何故か今になって吐き気がしてきた。どんどん悪化してくる。息が荒くなり、声が出てしまう程吐き気がしてきた。

どうしました?苦しいですか?と聞いてきた。吐きそうと伝えると、スタッフが後ろの方でぼそぼそ話をしている。なんとかしてくれよ。もう少しで吐きそうになった所で少しずつ治まってきた。

もう大丈夫みたいですと伝える。後から判ったが、恐らくは首に力を入れた時に麻酔薬が頭側に上がってきたのだとおもうのだが、その後なんの説明もなし。

何かが下半身をぐっぐっと押し入って筋肉と皮膚が引きつる感じがする。勿論痛くない。恐らく例のTUR-Btの器具を尿道から押し入れているのだろう、その感覚は数秒で終わったので結構な速さで突っ込んでいるようだ。直径1cm程度の棒状の金具が私の尿道を押し広げ入っているんだ。そう思うと恐ろしくなる。

暫くして突然、左足全体がビクンビクンと動く。なにか左足付け根に刺している。そういえば、膀胱の直近に筋肉の神経が通っているので、術中に反応して足が動かないよう、その神経だけ注射して加えて麻酔するとの事だった。その反応は神経に針が到達しているかの確認をしているようで、まるで足に心臓の鼓動があるようにビクン、ビクンと意に反して足だけが動く。意識と感覚があるので気持ちが悪い。今から足が勝手に動きますよとか、前もってその説明くらいしてほしい。

それで終わりかと思ったら、関係の無い右足も同様に動き出す。主治医が「そこだ!OK!」と叫ぶ。どうやら俺は注射の実験台にされているようだ。

「おい!なにやっとんねん!」って言いたかったけど、まな板の鯉状態。この状況だと忖度して言えず。

当初、主治医が部分麻酔から全身麻酔に変更したいという意向は、私の体を若手医師の訓練材料にしようとしているのではないかと思われても仕方がない状況。更に術後、左足付け根をみてみると5、6個注射痕があった(写真撮っとけばよかった)。これってどうなの?その筋の方、意見求む。

暫くして点滴に入っている眠剤が効いてきたのか、意識が遠くなってきた。ただ、寝落ちしそうになった所で「びくっ」目が覚める。そしてまた寝落ちしそうになって目が覚めるを繰り返す。

辛い表情で荒い息をしていたらしく、それを気遣ってか酸素マスクをつけられた。口で息をしているので喉が渇く、眠いけど眠れない。余計苦しい。施術は続く。もう任かすしかないので我慢するしかない。

色々喋っている声が聞こえるが何を言っているのかは分からない。頑張ってやってくれてるのは判るが苦しい。どのぐらい経ったかがハッキリしないが、「よし!終了!」という声が聞こえた。

また、寝落ち後の「びくっ」として目が覚めたタイミングで肩をたたかれる。

「おわりましたよ。これだけ取れました」

と、削り取った腫瘍の入った瓶を見せられ、透明な液体に黒やら白やらの砂利のようなものが瓶の底に沈んで見える。てっきり肉片のようなものかと想像していたのだが。

手術台から処置台へ移動され術着を着せされる。このタイミングで着替えるのか。術着というより術後着だ。手術中はほぼ裸だった。

部屋から運んできたであろう自分のベットに移され、そのベット毎、手術室から出る。出た所で担当医が説明をしてくれるのだが、朦朧としている頭ではあまり頭に入ってこない。通常なら付き添いに説明をする所だろうが、私に説明するしかない。先生曰く

「内側の腫瘍は取れたが、腫れた尿管にの中にある腫瘍は取れきれなかった。もう一度手術しなければならないかも」

と。取った腫瘍を病理検査に回して結果次第だとも。色々説明をしてくれるのだが、あまり説明も聞けず、理解も中途半端なまま先生と別れ、私を乗せたベットは病室へ向かう。

手術は無事終了?

とりあえず手術は終わったので先生方には感謝したいが、これが無事と言えるのだろうかわからない。もう一度同じことをする必要があるのか?モヤモヤやする。

部屋に帰ってきた。時計を見ると5時半頃だった。当然、付き添いも誰もいない。足に慌ただしく空気マッサージ器具を付けられ、そのまま放置となる。これから朝まで上半身を起こしてはいけない。寝返りは良いらしいが、下半身はまだマヒしたままで足は自由が利かない。尿道には太い管が入っていてその先はベットの脇に繋がっている。足にはエアポンプでマッサージの足かせ、腕には点滴。動けない。そして喉が乾いている。痛いの痒いのと我儘も言える人もいない。

喉の渇きが耐え難いものだったので我慢できずナースコールし、口を濡らす位ならOKと水の入った透明で小さな急須のような「吸い飲み」を渡してくれた。砂漠で遭難した人がやっとの思いで水に有りつけた気分。飲めないが口をゆすぐだけでも随分助かる。

寝返りが打てないので腰が痛くなる。下半身の麻酔も徐々に切れてきている感じがする。それに伴い膀胱、尿道が痛くなってきた。

現在午後6時。明日の朝までベット上でこの姿勢をキープせねばならない。勿論飲み食いも出来ない。

また辛い夜になりそうだ。

つづく。